6月11日(土)に行われた日本保守主義研究会主催の勉強会「『資本論』を読む」の第一回に参加させていただきました。講師である岩田温先生を囲む出席者は老若男女問わずの顔ぶれで意外に幅広く、左翼のバイブルである『資本論』を一度は読んでおきたいという問題意識が広く共有されていることが、各自の自己紹介からも伺うことができました。
岩田先生は『資本論』に入る前に、まずマルクス主義を「唯物史観」「余剰価値」「社会革命」の三つの項目から成り立つことを説明しました。
唯物史観とは単に物自体に注目したものではなく、生産関係に着目したものであると説き、領主が農奴から搾取する封建主義、資本家が労働者から搾取する資本主義、搾取のない共産主義と、段階ごとに発展しいく歴史観をさします。これにはヘーゲルの歴史哲学による影響があるといい、ヘーゲルは発展してゆく歴史を「自由の拡大」と解釈するのですが、ともすればこの理論はあらゆる暴力や犯罪をも「自由の拡大」で片づけてしまう危険を孕んでいると岩田先生は指摘されました。たとえばナチズムが「自由の拡大」とみなされてしまうように、です。
次に剰余価値の解説をしました。労働者は労働を商品として資本家から賃金を受け取りますが、その代価は常に実際の労働よりも価値が少なく、資本家が儲けれるようになっています。この差益を剰余価値といい、利潤・利子・地代などの源泉にします。つまり、剰余価値が生じる関係を資本家による労働者への一方的な搾取とみるわけです。そしてその搾取の関係が拡大し、物の生産力が高まる一方で、労働者の賃金の低下による矛盾により社会革命へ至るというのが第三のポイントになります。
岩田先生は三項目に渡って、マルクス主義を解説しましたが、はたして、マルクス主義とマルクスの思想が一致するのかを、恐らくそうではないだろうとの予測(期待)のもとに点検するというのが勉強会の趣旨になります。
それは原典を読みもせずマルクスやマルクス主義を無批判に否定してきた保守側への戒めでもあるわけです。そして勉強会ではいきなり『資本論』に入るのではなく、当時流行していたマルクス主義へ最初に痛烈な批判を浴びせた小林秀雄の『様々なる意匠』を取りあげるところから始めました。
参加者一人ずつの朗読にしながら読み継ぎ、一節ごとに岩田先生の分かりやすい解説が入ります。時折岩田先生自身から疑問が提示され、全員で議論を交わしました。
『様々なる意匠』で問われていることは、文芸批評家にとって「常に生き生きとした嗜好を有し、常に溌剌たる尺度を持つ」ということの難しさであり、好き嫌いである「嗜好」と物事を測る「尺度」を切り離し、「尺度」のみで精密に判断することを価値とする批評家全般の傾向への痛烈な批判です。
それは批評家と批評対象をあたかも切り離して論じる批評家の態度につながりますが、小林秀雄にとっての批評とは「自覚することであることを明瞭に悟った」ことであり、「批評の対象が己であると他人であるとは一つの事であって二つの事でない」ところまで行かなければならないという「実践」の問題です。
そしてマルクスはまさしく実践したひとで、だからこそ「生きた時代の根本性格を写さんとして、己の仕事の前提として、眼前に生き生きとした現実以外には何物も欲しなかった」とみ、その理論を生み出す「宿命を持っていただけ」だと言いきります。
しかるにマルクス主義者にとってマルクスの観念学は「理論に貫かれた実践でもなく、実践に貫かれた理論でもなくなっているのではないか」と問うのです。これは先の言葉でいえばマルクスは「常に生き生きとした嗜好を有し、常に溌剌たる尺度を持」っていたが、後者はマルクス主義という尺度を振り回しているように見えるということだと思います。
岩田先生によれば、マルクス自身は社会革命を行えとは言っていないとし、またマルクス主義者たちの根本的な誤りとして、「現実」に合わせ「理論」を修正するのではなく、「現実」の方を無理やり「理論」に合わそうとする乱暴な点を挙げ、石母田正の歴史観のバカらしさや労農派と講座派の対立のくだらなさを例にとりました。
対象的に現実をとらえていた思想家としてエドマンド・バークやキルケゴールの話をされました。出席者のひとりにバークの研究家の方もおられたので、時折岩田先生と熱心なディスカッションが交わされ、それを聴講するのも会の楽しみのひとつでした。
『様々なる意匠』を読み終えて、やはり難しいというのが参加者全員のほぼ一致した感想でしたが、これを始めに読むことによって、マルクスへの『資本論』への期待を持つことが確かにでき、岩田先生の狙いがよく解りました。また、ここでは取り上げませんでしたが、岩田先生の時事や文学、思想などへの鋭い考察も随所に行われ、二時から八時近くまでとかなりの長時間であるにもかかわらず、あっという間に過ぎていました。その後はもちろん酒杯を交わし、大いに盛り上がったことは言うまでもありません。


